シナリオ入門

めぞん一刻におけるドラマ作りの研究

80年代を代表するコミックである高橋留美子原作「めぞん一刻」を分析することでドラマ作りの技術を勉強します。(独断と偏見が入っていることをお許しください)
 枷(かせ)

ドラマを面白くするためには、枷は不可欠です。
枷とは、"こうしたい"という人物の欲求を阻む要素のことです。
その作家がどんなに才能があろうと、台詞がどんなにすばらしかろうと、枷の かけ方がいまいちだったら、気の抜けたビールのようなしまりのないドラマに なってしまいます。
裏を返せば、才能が乏しくても枷がしっかりしてさえいれば、面白いドラマが 作れるはずです。


  1. 音無響子の枷
      19で結婚、20歳で未亡人になった響子さん。 亡き夫の父親が経営する一刻館というアパートで管理人を始めるわけですが、住人の五代君や、テニスコーチの三鷹さんに愛を告白されても素直にそれを受け入れることができません。
      逝ってしまった夫の惣一郎さんをまだ愛しているからです。 時が経つとともに、彼への思いは、薄らいでいきますが、根が真面目な響子さんは、 そんな自分を許すことができません。
      恋愛をしたい気持ちはあるけれど、惣一郎さんという亡霊が枷となって、出来ないのです。
      この状況設定が「めぞん一刻」の核となります。この漫画から、彼女が未亡人であるという設定を取り払ったら、あんなに魅力あふれる響子さんというキャラクターは生まれて来なかったでしょう。

  2. 五代祐作の枷
      好きな人と同じ屋根の下で暮らしている羨ましい境遇の五代くんですが、積極的に響子さんにアタックできません。年下で貧乏、ネクラというコンプレックスが枷になっているからです。そのコンプレックスという枷は、三鷹というライバルの出現で、ますます強力になります。なぜなら、三鷹さんは年上で金持ち、ネアカだからです。 しかし、ライバルができたことで五代君は、燃え上がります。今まで酒に酔ってでしか告白出来なかったのに、初めて素面で「好きです」と言ってしまうのです。 枷というのは不自由なものですが、時には人の気持ちを奮い立たせる原動力にもなるのです。

  3. 三鷹舜の枷
      強引で自信たっぷりな三鷹さんですが、一つだけ、弱点があります。
      犬が怖いのです。
      これは、致命的です。なぜなら響子さんには、亡き旦那の名前を受け継いだ惣一郎さんという愛犬がいるからです。響子さんと結婚したい三鷹にとって大きな枷となります。プライドの高い三鷹さんは犬が怖いなんて、死んでもいえません。
      この枷は、秀逸です。弱点がそのまま枷となり、同時に三鷹という人物の魅力にもなっています。この枷がなかったら、三鷹さんはほんとうに嫌な奴です。

 性格と人物

人間の性格は、大まかにいうと6つの類型に分かれるそうです。
(「性格」詫摩武俊著 講談社現代新書参照)

●躁鬱質(Z型)
 明朗活発だが時に沈む
 社交的、善良で、ひねくれたところがない。
 喜びや悲しみを率直に表現する。
 常識的で妥協的。
 自己を過大評価する。

●分裂質(S型)
 非社交的でまじめ。
 他人と話すより一人でいるほうが楽。
 デリケートなところと鈍感なところがある。
 自分の私生活を隠したがる。
 お世辞や愛想が云えず、冷たい皮肉をいう。

●粘着質(E型)
 普段は大人しいが、怒ると爆発的興奮状態になる。
 整理整頓、掃除を徹底的にする。
 地味で頑固。
 正義感が強く義理がたい。
 物事をとかく固ぐるしく考える。

●ヒステリー性性格(H型)
 目立ちたがり屋。派手好き。
 我が侭で自分本位。
 華やかで社交的な印象を与える
 人の好き嫌いが激しい
 いつでも人々の中心になりたがる

●神経質(N型)
 敏感で内省過剰
 感受性が強い。
 人に云ったこと、云われたことを気にする
 他人が自分のことをどう考えているかを気にする
 意志が弱くすぐへこたれる。
 弱気で悲観的に考えやすい。

●偏執病的性格(P型)
 自信に溢れ、自己中心的
 強気で傲慢
 人を信用出来ず、疑い深い
 仕事が手早く、自分で片づけてしまう。
 高慢で、相手の非を徹底的に責める。
 人の好き嫌いが激しく、我が儘。


これらの性格をめぞん一刻の登場人物に当てはめて考えてみます。

ドラマの主人公は、誰もが好感を抱きやすい躁鬱質が圧倒的に多いですね。
五代くん、三鷹さん、一ノ瀬さん、朱美さん、こずえちゃんなどがそうです。
四谷さんは、自分の私生活を隠したがる、というところが分裂質でしょうか。
八神や響子の母は、偏執病的性格が強い。
九条明日菜は、神経質。
そして、ヒロインの響子さんは、典型的な粘着質のようです。
毎日欠かさず掃除をするし、怪我した時、住人たちの差し入れを無理して食べ てお腹を壊したりするほど義理堅い。
普段は大人しいけど、嫉妬で爆発した時は、もの凄く怖い。缶詰を五代君に投 げつけたり、管理人の仕事を放棄してアパートを出ていったりする。
粘着質は、地味で脇役っぽい性格です。
めぞん一刻の面白さは、ヒロインを粘着質にしたところにある、のかも。
一刻館の住人の一ノ瀬さんが、響子さんに向かって、
「あんた、おもしろいね」と云う。
躁鬱質の一ノ瀬さんにとっては、自分の気持ちを素直に表現できず屈折した行 動を取る響子さんが面白くてたまらないのです。

さて、その躁鬱質には、複数のキャラクターが名を連ねていますが、彼らの性 格が同じかというとそうではない。その違いはなんでしょう。
まず、躁鬱質の他にそれぞれ異なる他の性格が少し入っているということ。
五代くんは、神経質。朱美さんは、ヒステリー性性格が少しあるし、三鷹さん は、偏執病的性格もある。
また、それぞれがその人ならではの特徴を持っています。

一ノ瀬さん……世話好き、噂好き
三鷹さん……犬が怖い
五代くん……手先が器用
朱美さん……あけっぴろげ
こずえちゃん……鈍感


もう一つは、環境の違いです。三鷹さんは、一流大学を出て自立し高級マンションに一人住まい。三流大学に通い貧乏アパート住まいの五代くんとは正反対です。環境が違うと性格まで違ってみえます。この環境の違いは、五代君の恋のライバルである、という役割から生まれました。
私たちがドラマの人物を考える時、役割を無視することはできません。
素晴らしくユニークなキャラクターが造形できても、ストーリーを進める上での役割にそぐわなければドラマの舞台に立たすことはできません。

1.性格
2.環境
3.役割

この三つは、人物を造形する上での"だんご3兄弟"です。どれ一つ外すわけにはいかない。
そして、この三つを貫いている串は、"テーマ"です。作者が何を描きたいのかがハッキリしていないと人物造形も曖昧になります。
 葛藤

めぞん一刻は、一話ごとに大変面白いシチュエーション(劇的状況)が設定されています。
シチュエーションとは、"葛藤を生みだすための仕掛け"と言っていいでしょう。
葛藤とは、こうしたい、こうありたいという欲求とは違った方向の力や相反する力(欲求 や義務)が生じて話がもつれてくることです。

実際にどんな仕掛けになっているのか見てみます。
  • ギンギラギンにさりげなく
    響子さんが一刻館の管理人になって、一周年。五代は、記念に食事をしようと誘います。響子は快諾しますが、その後、他の住人たちからも飲みに行こうと誘われてしまいます。約束があるので、一旦は断りますが、その会場は、五代と約束をした同じ飲み屋でした。(実は聞き違いで違う場所だったのですが)
     ……二つの約束の間で板挟みになってしまう。
     
  • キャンパスドール
     五代の大学祭の人形劇を見に来た響子さんは、ひょんなことから、人形劇を手伝うことになります。夢中になって人形を動かす響子のお尻が五代の股間に触れ五代は人形劇どころでなくなります。
     ……人形劇を進行しなければいけないのに"恋心"に火が付いてしまう。
     
  • マフ等(ラー)あげます
     五代は響子さんへのクリスマスプレゼントになけなしの金をはたいてイヤリングを買います。ところが、こずえちゃんに手編みの帽子をプレゼントされ、優柔不断の五代は、それをこずえちゃんに渡してしまいます。その後、五代は、響子さんに手編みのマフラーをプレゼントされ……。
     ……本当に好きな人へのプレゼントなのに愛してくれるガールフレンドにあ    げてしまう。
     
  • あなたソバで
     大晦日の晩、住人たちが、里帰りやスキーで出かけてしまい、五代と響子さんは二人で過ごすことになります。五代は響子さんを押し倒そうと決意しますが……。
     ……襲いかかれる年に一度のチャンスなのに勇気が出ない。
     
  • 響子と惣一郎
     友人の坂本から猫を預かることになった五代。アパートでは動物を飼えないので管理人の響子さんには内緒にします。猫の名前は、"響子"といい、五代がそう呼ぶたびに自分が呼ばれたと思って響子さんがやって来てしまいます。
     ……恋する人と飼ってはいけない猫の名が同じ
     
  • 一刻館の昼と夜
     全身を写す鏡台を買ったので、面白い服はないかと捜したら、惣一郎さんと出会った頃の学生服がありました。響子さんは、懐かしくなって、着てみますが、その姿を昼間から宴会をしている住人たちに見られてしまいます。面白がった住人たちは、響子をつまみにして、それぞれが好みの服で仮装し、大宴会が始まります。
     ……アホがうつるからと住民たちと接触することを避けていたのに、自分が    そのアホを増幅する役割をしてしまう。
     
  • 配達された一枚の葉書
     音無家で郁子ちゃんの家庭教師をしている五代は、響子さんの舅から、惣一郎さんが生前書いていた日記を手渡されます。アパートに帰ったら響子さんに手渡して欲しいというのです。
     ……好きな人にその生前を思い出させる亡き夫の日記を渡さなければならな    い。

 多面性

音無響子さんほどに魅力的なドラマの登場人物を筆者は知りません。
その魅力の秘密はなにか。
状況に応じて違った顔を見せる多面性にあると思うのです。
一刻館の庭掃除をしている響子さんが、出かける五代くんを送り出す時の態度を見てみましょう。
普段は、この上なく優しい笑顔です。
ところが、五代くんがこずえちゃんとデートに行く日は、ネクタイ曲がってますよ、と言って直すふりをしながら、首をしめたりする。
五代くんに対して怒っている時は、背中を向けて掃除をしている。
同じ作者の漫画、うる星やつらの主人公、ラムちゃんと比べてみると歴然とします。ラムちゃんは愛や嫉妬をストレートに表現しますが、響子さんは、屈折した表現しか出来ません。しかし、それも度を越えると、爆発します。普段が穏やかなだけにその時は、もの凄く怖い。ラムちゃんの非ではありません。平手打ち、噛みつき、缶詰めを投げつける。管理人の仕事を放棄してアパートを出ていく……。そして、爆発させた後もいつまでも根にもって五代君と口を聞こうとしない。
では、なぜ、響子さんは、こうも屈折しているのでしょうか。
内面に矛盾を抱えているからです。
亡くなった旦那さんの惣一郎さんに操を立てている。だから、五代君の愛に答えるわけにはいかない。しかし、内心は五代君に心惹かれている。
この矛盾が屈折した表現になる。
響子さんに朱美さんが言います。
「だいたい、あんたわがままなんだよね。なーんもやらせないで男を縛ろうなんちゅー根性が気にくわん」
「そんなこと考えてませんけど」
「考えずにやっているところがこわい。清純ぶりおって」

響子さんの多面性は、外づらのよさ、内づらの悪さにも見ることが出来ます。
五代の友人が一刻館に泊まりに来た時は、外づらのよさを発揮して、カレーを振る舞ったりする。
一方、自分の両親にたいしては、わがままです。
「たまには親の言うことを素直に聞いたらどうだーっ」という父の言葉に
「気に入らないなら親子の縁を切りましょうか」
とやり返す。
その両親の前では行儀悪くパカッと足を広げていたりします。
自分に近い人にはわがままで、遠い人には、親切にする。
なんか、凄く人間的です。

響子さんは、とても強い人なのでしょう。変人だらけの住人たちにも毅然とした態度を取ります。一刻館の管理人をつとめるには強くなければ無理です。
芯は強いけれど、恋愛に対しては受け身で、自分から動こうとはしない。待っているだけです。
受け身だから、冗談や噂を信じてしまい、すぐ誤解する。視野が狭く心も狭い。
書けば書くほど、欠点だらけの人間です。
それが魅力になっているのは、その欠点をも埋め尽くす美点があるから。
優しさ、心があたたかくなる笑顔、正直で生真面目なところ……。

魅力的な登場人物の造形には、長所だけでなく短所も描くことが必要だと響子さんを見ているとわかります。そのギャップが大きければ大きいほどいい。生きた人間としての立体感がでます。
短所を描くと長所も引き立ちます。
悪人を描くときには、長所も考えてやるといいでしょう。

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